Im Anfang war das Buch-購書&購盤日記-

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《読書》石原千秋『秘伝 中学入試国語読解法』新潮選書(その2)

Noimage

(承前)
 この本の第2部は「入試国語を考える」ということで、中学入試国語読解の「秘伝」が述べられています。
 私なりに「秘伝」を抜き出してみると以下のようになります。

※新潮社からの抗議により、引用及び画像を自粛します。

 二元論(二項対立思考)については、樋口裕一『ホンモノの思考力-口ぐせで鍛える論理の技術-』集英社新書(2003)でも述べられています。
 第二部二章以下では、以上のような理論に基づいて、実際の中学入試国語問題を例にあげて解き方が説明されています。ここの部分はナナメ読みしました。

 さて、この本はいったい誰が読むのか?

 一つめは、受験生本人は六年生になってから(できれば一学期中に)読んでほしいということだ。第一部は体験編だから、むしろ早めに読んでほしいところだが、第二部は違う。実際の入試問題を解く以上それなりのレベルになっている。(p.177)

 著者は受験生本人が読むことを想定しているようですが、今のところ、息子に読ませる気にはなりません。読めと言っても読まないだろうし。
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  1. 2006/06/30(金) 05:52:37|
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《読書》石原千秋『秘伝 中学入試国語読解法』新潮選書(その1)

秘伝中学入試国語読解法


●〔43〕石原千秋『秘伝 中学入試国語読解法』新潮選書 1999
(2006.06.21読了)
 2002年2月に買った本です。いつか役に立つのではと思って買いました。今年、息子は小6になりました。中学受験を念頭において塾へ行かせています。「いつか」は今だと思って読みました。
 著者の石原千秋は漱石論を専門とする国文学者。「カミソリ石原」の異名があるそうです。この本を書いた時は成城大学助教授でしたが、現在は早稲田大学教授です。こう言っちゃあ悪いですが、成城大学出身で学者として有名になる人も珍しいかと思います。
 この本は2部から成り立っています。
 第1部は「僕たちの中学受験」で息子の中学受験の体験記です。面白く読めました。
 以下に、思ったことをランダムに。

○東京は選択肢がたくさんあって中学受験が大変である。
 地方だと受験できる学校の数が限られているので、どこをどのように受けるか、あまり悩む必要がありません(少なくともウチに関しては)。

○中学受験に関しては石原家はかなり恵まれた環境にあった。
 1.中学受験のために塾に行かせ、さらに中高一貫私立校へ行かせることができるだけの経済力がある。
 2.親に知的能力がある。
  ・受験に関する情報を収集し、分析することができる。
  ・子どもに勉強を教えることができる。
 3.親が子どもの受験に関わる時間的余裕がある。
 逆に言えば、これだけの条件が揃わなければ中学受験を成功させることはできないのでしょうか?
 石原自身も次のように言っています。

 社会学で用いる考え方の一つにハビトゥスがある。慣習と訳されることもあるが、ハビトゥスとはその人の身についた文化の型のことである。ハビトゥスは、ある階層が他の階層とは違っていることを示す徴(しるし)となる一方、自分たちと同じハビトゥスを持つ階層をコピーのように再生産する働きも持つ。したがって、ハビトゥスという概念は社会階層が存在することを前提としている。日本には階層がないと言われることもあるが、全くないわけではないのである。
 たとえば、東京大学の学生の保護者は、学歴でも、収入でも、社会的地位でもトップクラスにあることは周知の事実である。東大生の保護者の八割近くは、医師、弁護士、大学教授(僕は助教授だ!)や、大企業・官庁の管理職、中小企業の経営者などいわゆる「専門・管理職」に就いていると言う。極端に言えば、東大はある特定の階層の子供が通う大学なのだ。(中略)
 つまり、こういうことだ。僕たちは、塾の費用や中高一貫校の授業料といった経済的負担だけで、高学校歴を手にすることができるわけではないということである。その程度の負担になら、いまや中流家庭でも十分に耐えられるだろう。だから、東大生の親たちの階層は高収入以外の何かを持っていることになる。その何かがハビトゥスと呼ばれるのである。この階層のハビトゥスとは、学校制度に対する適応力であろう。この階層の子供たちは、戦後一貫して学業成績がいいのだ。それは一つの「文化」である。
 中学受験で純粋に子供の能力だけが試されていると考えるのは、むしろ甘い夢にすぎないのではないだろうか。偏差値とは、子供の学校制度への適応力という「文化」を測る物差しではないのか。公立中学では四十人学級でも荒れるのに、進学校では五十人学級でも荒れないのは、だから当然なのである。中学受験で子供の能力が試されていないとは言わない。そのことも含めて、もっと大きな力が試されているのである。(pp.38~39)

 要するに金があるだけではダメだと言っているのでしょうか。ますます「格差社会」が広がっていくような気がします。

○かなり赤裸々が記述がされている。
 息子とのやりとりも克明に記され、答案まで載せられています。また、塾の講師との軋轢や息子が通う小学校での学級崩壊の様子も書かれています。もちろん、実名は出ていませんが、読む人が読めばわかるでしょう。関係者にとってはあまり愉快ではない本かもしれません。

「wad's 読書メモ」では次のように評されています。

 いろんな意味で悲惨な本である。まず何よりも、この人の息子は今後そうとう長い間、「入試を親に手伝ってもらった男」という烙印を押されることになるだろう。親がこんな本を書きさえしなければばれなかったかもしれないのに。たぶんグレる。

 ちなみに石原親子が第一志望とし、そして合格したのは桐朋中学校です。

〈To be continued.〉
  1. 2006/06/29(木) 05:38:25|
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《person》鈴々舎馬風

鈴々舎馬風


落語協会新会長に馬風さん 円歌さんは最高顧問に
 社団法人落語協会(東京)は26日の総会で、会長を5期10年間務めた三遊亭円歌さん(74)に代わる新会長に、副会長の鈴々舎馬風さん(66)を選出した。円歌さんは最高顧問に就いた。
 馬風さんは「空いているホールや映画館などに話を持ち掛けて落語家の活躍する場所を増やしたい」と抱負を述べた。
 馬風さんは千葉県出身。柳家小さん門下で、1973年に真打ち昇進、76年に10代目鈴々舎馬風を襲名した。
(共同通信) - 2006年6月26日

 鈴々舎馬風がついに落語協会の会長になりましたね。「会長への道」が実現したわけです。シャレがマジになりました。芸風からすれば傍流でしょうが、圓楽や談志が協会から出て、志ん朝が死んだため、棚ボタでなった感もあります。芸の力や知名度からすれば、小三治がなってしかるべきかとも思うのですが、本人がなりたがらないんでしょうかね。小さんの襲名も断ったし。
 何か悪口ばっかり書いてますが、実は私、鈴々舎馬風は好きな落語家の一人です。著書の『会長への道』小学館(1996)も読んでます。
 2ちゃんねるでは、春風亭小朝、五街道雲助が役員を辞退したことが話題になってましたが、何かウラがあるんでしょうか。素人考えでは、いずれ小朝が会長になると思うんですけど。

 馬風一門にはホームページがあります。
※馬風一門ドットコム『鈴々舎馬風一門の長屋』はこちらです。
 一門ラインアップを見てみると、柳家三語楼がいます。御存知のように三語楼は五代目柳家小さんの実子で、この秋には六代目小さんを襲名することになっています。
 プロフィールを見てみると「平成14年 小さん没後、馬風一門加入」とあります。真打になる前に師匠が死んでしまった場合は、どこかの師匠につかなければならないのはわかっていますが、真打になった後に一門に加入することにはどういう意味があるのでしょうか。
  1. 2006/06/28(水) 06:00:37|
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《雑記》『白い巨塔』研究(その6)

◎『白い巨塔』におけると学閥と閨閥(4)

 それは、この班会議の班長であり、東都大学の第二外科の主任教授である船尾に対する多分に儀礼的な意味を含めた聞き方であった。班会議は、文部省から支出された研究費によって、大学の臨床、基礎、研究機関の教授たちが、横の連絡を取りながら、共通のテーマを研究する集りで、班長には文部省との交渉に実力を持つ政治力のある教授がなり、その実力によって、年間三百万円ぐらいの研究費を握って、各メンバーに配分することになっていた。それだけに、班会議のメンバーたちには、何かにつけて班長である船尾をたて、船尾に憚るような雰囲気があった。
 しかし、東からみれば、船尾の存在は、微妙な存在であった。自分より十一歳齢下の船尾は、かつて東都大学で東の兄弟子であった瀬川教授の門下であったが、現在、東都大学の教授であり、班会議の班長をしているから、東としては、一目おかねばならぬ微妙な関係にあった。(p.78)

 東は自分のために空けられた席についてみると、別に席順などきめていないと云っている席が、実によく出来ていることに気附いた。班長である船尾と東の席の次は、旧帝国大学の国立大学、その次は旧単科医科大学の官立大学、新制大学というような順で席が並び、同一大学から二人出席している場合は、卒業年次の早い者が上席に着くという順になっていた。(p.80)

「ええ、来年の三月がいよいよ私の停年退官の時期にあたっているので、私のあとを継いで、うちの第一外科を切って廻せるような人物がほしいのですよ。」
 東は、一気にそう云った。船尾は怪訝そうに東の顔を見、
「おたくには、あの財前君という食道外科で定評のある、腕のたつ助教授がちゃんといるじゃありませんか、うちの教室のいる連中は、東都大学以外は大学じゃないなどと考えているほど、東都大学絶対主義の連中が多いのですが、おたくの財前君には、さすがに意識してますよ、(中略)
「ええ、そりあ、心あたりはないことはありませんが、ただ東都大学の系列下の大学ならともかく、浪速大学出身者で固められている当の浪速大学へ、東都大学出身の者を出すことは、まるで、姑、小姑いじめの多いところへ、一人だけ可愛い弟子を婿入りさせるようなものですからね、これがちょっと可哀そうで――」
(中略)
「なるほど、可愛い弟子につまらぬ苦労をさせたくないというお考えですか、しかし、その点はご心配なく、教室の姑、小姑にいじめられる苦労は、私自身が十六年前にいやというほど経験しましたが、今度、私のあとへ来る人は、既に私が切り拓き、地均らしした地盤へ来るのですから、そんな苦労はありませんよ。それに船尾さん、あなただって、正直なところ、この話は悪くない話でしょう、あなたの時代に、東都大学のあなたの門下生を浪速大学へ送り込んでおくということは、あなた自身のジッツ(ポスト)の拡張になり、それだけ、主任教授としての船尾さんの勢力が拡大されることじゃないですか」(p.83)

(船尾教授よりの手紙)
 その際、ご依頼を受けました東教授の後任候補者の人選の件は、非常に延引致しておりましたが、(中略)別紙同封の如く、現新潟大学教授亀井慶一君と、現金沢大学教授菊川昇君の二名を推薦致します。
(中略)
 学歴と職歴は、両者よく似たもので、どちらも地方の名門中学校から旧制第一高等学校理科へ入学、さらに東都大学医学部へ進学し、卒業後、教室に残って副手、助手、講師を経て、ともに昭和三十二年に東都大学医学部講師から、地方国立大学医学部の教授に就任している四十三歳の少壮教授であった。(p.107)

 東都大学の船尾教授は学問的業績もあり、政治力もある、まさに学会の大ボス中の大ボスです。この船尾の推薦で金沢大学の菊川教授が財前の対抗馬になるわけです。しかし、いかに東都大学出身とはいえ、講師から助教授を経ずにいきなり教授になるものでしょうかねえ。
 劇場版「白い巨塔」では、滝沢修が船尾教授を演じていますが、その重厚な演技が印象に残っています。

※画像は劇場版「白い巨塔」ポスター。
「白い巨塔」ポスター

  1. 2006/06/27(火) 05:49:17|
  2. 『白い巨塔』研究
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《購書》2006.06.24 廣文館福山ロッツ店

廣文館福山ロッツ店

●2006130,メディア社会-現代を読み解く視点-,佐藤卓己,,岩波書店,岩波新書,2006,¥777
 佐藤卓己なので。
メディア社会

  1. 2006/06/26(月) 05:12:03|
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《購書》2006.06.24 ブックオフ福山野上店

ブックオフ福山野上店

●2006127,空中ブランコ,奥田英朗,,文藝春秋,,2004,¥105
 面白いかと思って。

●2006128,アポロ13号奇跡の生還,ヘンリ・クーパーJr.,立花隆,新潮社,,1994,¥105
 立花隆なので。

●2006129,エリザベート-ハプスブルク家最後の皇女-,塚本哲也,,文藝春秋,,1992,¥105
 知的興味関心から。
エリザベート

  1. 2006/06/25(日) 05:55:38|
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《読書》米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』角川書店

嘘つきアーニャの真っ赤な真実


●〔42〕米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』角川書店 2001
(2006.06.20読了)
 2006年6月13日にNHK-BS2で「追悼 米原万里さん 世界・わが心の旅 プラハ 4つの国の同級生」という番組が放送されました。この番組は1996年2月に放送されたものの再放送です。1960年、プラハのソビエト学校で同級生だった3人の友達(ギリシア人・リッツァ、ルーマニア人・アーニャ、ユーゴスラビア人・ヤスミンカ)を米原万里が訪ねて、再会を果たすという内容です。
 プラハのソビエト学校で学んでいた生徒は、各国の共産党関係者の子弟です。その後、1989年の東欧革命及び1991年末のソ連の消滅により、東欧の社会主義圏は崩壊してしまいます。それにより、リッツァ、アーニャ、ヤスミンカも激動の人生を歩むことになります。したがって、彼女たちと30年ぶりに再会を果たす話は、必然的に感動的な物語となっています。
 この本も同じ中身です。面白く読むことができましたが、先にテレビ番組を見ていたので、ややネタバレでした。しかし、本の方が当然、背景や状況などが詳しく書き込まれていました。「社会主義」というものを考える上で多くの情報を提供してくれる本だと思います。


 その日の授業は、マリヤ・アレキサンドロヴナ先生のこんな質問からはじまった。
「人体の器官には、ある条件の下では六倍にも膨張するものがあります。それは、なんという名称の器官で、また、その条件とは、いかなるものでしょうか」
(中略)
「では、ターニャ・モスコフスカヤ、あなたに答えてもらいましょう」
(中略)
「だって、マリヤ・アレキサンドロヴナ先生、あたし、恥かしくて答えられません」
 ターニャはさらに激しく身をよじりながら、弁解した。
「私の両親は、パパもママもとても厳格なんですよ。おじいちゃまの名に決して恥じないよう、はしたない言動は慎みなさいと、いつもいつも言い含められていますもの。先生は、そんな私に恥をかかせる気ですか? 絶対に絶対に答えられません。口が裂けても嫌です」
(中略)
 それで、先生は、矛先をヤスミンカに向けた。
「よろしい。では、ヤスミンカ・ディズダレービッチ、同じ質問に答えてください」
 ヤスミンカは、即座に立ち上がって簡潔に答えた。
「はい。突然明るいところが暗くなったような条件下の瞳孔です」
「その通り、ヤスミンカの答えは正解です。瞳孔は、ちょうど写真機の絞りの役割を果たしているのですね」
 マリヤ・アレキサンドロヴナ先生は満足げにヤスミンカの方を見やって、座るように合図すると、ターニャの方に向かって言い添えた。
「モスコフスカヤ、あなたには、三つのことを申し上げておきましょう。第一に、あなたは宿題をやって来ませんでしたね。第二に、とても厳格な家庭教育を受けておいでとのことだけど、そのおつむに浮かぶ事柄が上品とは言い難いのは偉大なお祖父様のおかげかしら。そして、第三に……」
 と言いかけたところで、先生は突然恥かしそうにうつむいて口をつぐんだ。
(中略)
 先生にそう言われてヤスミンカは腰を下ろしかけたのだが、何を思ったのか再び立ち上がった。
「あくまでも私の想像なんですが、先生がおっしゃりたかったのは、次のようなことではありませんか」
「はあ」
 マリヤ・アレキサンドロヴナも生徒たちも虚を突かれて間が空いた。その隙を突くようにヤスミンカは顔色一つ変えることなくサラリと言ってのけた。
「第三に、もし本当にターニャがそう思っているのなら、そのうち必ずガッカリしますよ」
 そして腰を下ろした。五、六秒ほどの沈黙に続いて教室全体が振動するような笑い声が響き渡った。マリヤ・アレキサンドロヴナも顔を真っ赤にして笑い転げている。どうやら図星だったみたいだ。(pp.195~199)

 上記のジョークはどこかのジョーク集で読んだことがあります。これが、オリジナルなのかもしれません。ただ、この本は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しているので、ノンフィクションなのでしょうが、あまりにもよくできすぎている気もします。

(ドイツで医者をしているリッツァに対して)
「それで、ドイツ人やドイツでの生活には満足しているの」
「ぜんせん。もちろん、病気じゃないかと思うほど街も公共施設も清潔なのは気持ちいいけれど、ここはお金が万能の社会よ。文化がないのよ。チェコで暮らしていた頃は、三日に一度は当たり前のように芝居やオペラやコンサートに足を運んだし、週末には美術館や博物館の展覧会が楽しみだった。日用品のように安くて、普通の人々の毎日の生活に空気のように文化が息づいていた。ところが、ここでは、それは高価な贅沢。」(pp.79~80)

 「物質的には貧しくても心は豊かだ」というのは、かつては社会主義国を賛美する言説でしたが、それが、ここに出てくる意味は何なのでしょう。

 市民図書館で借りました。
  1. 2006/06/24(土) 08:43:51|
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《雑記》『白い巨塔』研究(その5)

◎『白い巨塔』におけると学閥と閨閥(3)

 曽祖父も、祖父も、国立大学医学部の教授であり、殊に祖父は、その附属病院の院長であった家庭に育った佐枝子は、日常茶飯事にような応え方をしたが、それが佐枝子を縁遠くしている一つの原因でもあった。(p.21)

「何? 開業医――、国立大学教授の娘が、街の一開業医と結婚したいと云うのか」
「いけませんでしたかしら?」
 静かな眼ざしの中に、父の言葉を詰るような光があった。
「絶対、反対だよ、何代も続いている有名な個人病院や医院の場合は別として、一般の開業医になる者の多くは、大学の医学部を卒業して、教室に残りたくても、残れず、大学での出世コースを進むことも、地方の大学病院の勤務医としてのコースを歩むことも出来ない者が、仕方なく開業医になる場合が多いのだ、こともあろうに、一介の町医者となど……」
 曽祖父の代から国立大学教授になることを、東家の変えることの出来ぬ聖職と考え、その道をまっすぐに歩んで来た東貞蔵の頭の中には、医者と云えば、国立大学医学部の教授か、せいぜい助教授、講師ぐらいの姿しか思い描くことが出来ず、牢固とした開業医に対する偏見を抱いていた。
(中略)
東の長男である東哲夫は、医者になることを嫌い、中国文学を専攻することを望んだのであったが、医学者である祖父と父の強固な反対に会い、無理に無理を重ねた理科系の受験勉強に苦しんだあげく、高等学校から新潟医大へ入学したその年に胸を病み、戦争中の食糧不足が加わって二十二歳で夭逝してしまったのであった。(pp.21~22)

「お祖父さまとお祖母さま、或いはお父さまとお母さまのようなご結婚でございますわ、お祖父さまが恩師の令嬢であるお祖母さまをお戴きになり、お父様がお祖母さまのご縁続きの著名な法医学者の娘であるお母さまを妻にお迎えになり、その閨閥と学閥との繋がりで、お祖父さまは正四位勲二等勅任官の国立洛北大学附属病院長にまでおなりになり、お父さまも、母校の東都大学で教授におなりになれなかったとはいえ、浪速大学でご自分より古い方々を飛び越して教授になられ、東家は結婚という意識的な培養によって出来上がった医学者一家でございますわ、私はそうした人工培養のような学者種族をつくるための結婚など厭でございます」(pp.22~23)

 東佐枝子は東貞蔵の娘で、純粋で清らかな人物です。やがて里見に仄かな恋心を抱きます。
 東の開業医蔑視もここまで言い切ると却って爽快な感じもします。
 東の息子は新潟医大へ入学したということですが、国立大学(帝国大学)へは入れなかったということなのでしょう。

旧医科大学(きゅういかだいがく)とは、大正時代の時点で存在していた旧制9医科大学を母体としている大学の内、帝国大学へ昇格した大阪大学、名古屋大学、非官立であった京都府立医科大学を除く岡山大学、新潟大学、金沢大学、長崎大学、千葉大学、熊本大学の6大学のことで、大学病院格付をあらわすために用いられる言葉である。旧六医科大学、旧六、旧官六とも呼ばれる。
これらの大学はそれぞれ、岡山医科大学、新潟医科大学、金沢医科大学、長崎医科大学、千葉医科大学、熊本医科大学として戦前に活躍していた。旧制医科大学は、旧帝国大学に対抗する形でそれぞれの地方で強固な学閥を築き上げ、現在、各地域の医学部や病院をリードし、医学界に貢献する存在である。また、科学研究費補助金などの予算も、生命科学系分野では旧帝国大学に次いで大きい額を分配されている。これらの医学部では教授の純血率が高く、それゆえに各地域で誇り高く振る舞っていることが特徴である。(ウィキペディア「医科大学」より)

 ここまでの登場人物の学歴をまとめてみると以下のようになります。
・財前五郎        浪速大学医学部卒 → 浪速大学医学部助教授
・東貞蔵         東都大学医学部卒 → 東都大学医学部助教授 → 浪速大学医学部教授
・東貞蔵の父       洛北大学附属病院長
・東一蔵(東の祖父)   国立大学医学部教授
・鵜飼医学部長      浪速大学医学部卒 → 浪速大学医学部長
・鵜飼敬之輔(鵜飼の父) 国立大学医学部卒
・里見脩二        浪速大学医学部卒 → 浪速大学医学部助教授
・里見清一        洛北大学医学部卒 → 洛北大学医学部講師 → 開業医
・羽田融(里見の舅)   浪速大学医学部助教授 → 名古屋大学医学部長
 こうなると東一蔵が何大学の教授だったか知りたくなりますね。

※画像は東佐枝子(島田陽子・左)と里見三知代(上村香子・右)。「白い巨塔」1978年フジテレビ版より。
東佐枝子と里見三知代

  1. 2006/06/23(金) 05:25:49|
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《雑記》『白い巨塔』研究(その4)

◎『白い巨塔』におけると学閥と閨閥(2)
鵜飼は、東と同窓ではなかったが、東の祖父東一蔵が、鵜飼の父鵜飼敬之輔の恩師であったため、東都大学出身で、ともすれば外様大名になりがちな東をひきたて、昨年の医学部長選挙で医学部長の椅子についてからは、さらに東をひきたてて来たのであって。内科医に珍しく豪放磊落な彼は、斗酒なお辞せずの方で、酒を飲んでは陽気に喋り、毒舌を振ってずけずけ人の批評をしたが、それだけの実力があり、浪速大学の医学部内においても、隠然たる力を持っていた。(中略)小心臆病な東が、威厳と余裕のポーズをもって、浪速大学医学部の実力者の一人になり得たのは、多分にこの鵜飼のおかげであるかもしれなかった。それだけに東は、齢でいえば、自分より三つ齢下の鵜飼であったが、彼が医学部長になってからは、出来るだけ彼をたてるようにして附き合っているのだった。(p.11)
 鵜飼医学部長は典型的な俗物で、さしたる学問的な業績もないのに、学内政治だけで医学部長にまで登り詰めた人物です。最初は東の盟友ですが、教授選では袂を分かって、財前支持にまわります。
 東の祖父が鵜飼の父の恩師とはなかなか細かい設定ですね。

 早く父を失い、母にも大学を卒業する前年に死別している里見は、三知代の父の名古屋大学の医学部長をしている羽田融に、普通の舅と、その娘の夫という間柄以上の親しみと、尊敬を抱いていた。
 達筆なペン字でしたためられた手紙の封を切ると、一行十二、三字ぐらいの大きな字で、(先日、そちらの鵜飼医学部長とたまたま会う機会があり、あなたが着々と『生物学的反応による癌の診断法』の研究を続けておられる由を聞き、ただただ欣慶の至り、学問的業績のない医学者は駄馬に等しい、三知代には、ますます、日常の雑事を押しつけ、ひたすらに学問に励まれんことを祈ってやまない、小生の愚息にも、あなたを見習い、研究一筋に励むよう厳しく申しつけたが、何かの折、ご指導を乞う)という短かい手紙であったが、そこに解剖学の権威者として、その道一筋に生き、三知代の弟にあたる一人息子にも、同じ医学の道を歩ませている老医学者の面影が彷彿としていた。
「相変わらず、お舅さんらしい手紙な」
 と云い、医者は、患者にとって信仰のようなものだよ、と云い切ることの鵜飼と、生涯研究を続けることが医学者だと信じ、その道を歩んでいる舅の羽田とが、何を話題にして語り合ったのか、怪訝な思いがし(後略)(p.53)

 (里見の兄は)京都の国立洛北大学の第二内科の講師にまでなりながら、主任教授と意見が合わず、些細な事件から大学を去った(pp.54~55)
 里見脩二は第一内科助教授で、財前五郎とは同級生で、親友(?)です。学問一筋の純粋な人物で、それ故に浪速大学を追われることになります。
 兄は洛北大学(=京都大学)医学部、弟は浪速大学(=大阪大学)医学部とは、賢い兄弟ですね。

※画像はDVD「白い巨塔劇場版」
白い巨塔劇場版

  1. 2006/06/22(木) 05:48:45|
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《雑記》『白い巨塔』研究(その3)

◎『白い巨塔』におけると学閥と閨閥(1)
 私がなぜ『白い巨塔』が好きなのかを考えてみると、医学部を舞台に「組織と権力と人間」が描かれているからでしょう。これは私が最も興味関心があるテーマです。
 そこで、『白い巨塔』における学閥と閨閥について、関連部分を抜き書きする形で、研究(笑)をすすめていきたいと思います。なお、テキストは1965年発行の新潮社版です。

 財前五郎が、この八年間、地方大学からあった教授の口に耳もかさず、この割の合わない助教授のポストを辛抱強く勤めて来たのは、東教授が退官した後の教授の椅子を得るための忍耐であった。それだけに、何としても、来年の春の東教授退官の機会に、教授に昇格しなければ、国立浪速大学医学部教授のポストにつく機会を失い、万年助教授で終るか、それとも地方の医科大学の教授に転出させられてしまうかもしれなかった。浪速大学医学部の教授の停年は六十三歳であるから、東教授の退官のチャンスをはずせば、また次の新任教授が停年になる時までまたねばならない。ということは、四十三歳の財前五郎にとって、永遠にその機会を失うことに等しい。(p.6)

 小学校を卒業する年に、小学校の教員をしていた父の事故死に会い、中学校、高等学校、大学とも父の弔慰金と母の内職と奨学資金で進学し、浪速大学の医学部へ入学した年からは、村の篤志家で開業医である村井清恵の援助を受けて勉学出来たのであった。その村井清恵と、妻の父である財前又一が大阪医専の同窓であったところから、財前が医学部を卒業して五年目の助手の時に、将来を嘱望されて、財前家の養子婿になったのであった。(p.14)

 言うまでもありませんが、財前五郎は『白い巨塔』の主人公です。メスは切れますが、野心家です。浪速大学医学部教授を目指し、その目的を達成した後も、際限なく上をめざしていきます。

 余裕と威厳――、それは、東の最も愛好する言葉であった。どんな場合でも、国立大学教授としての余裕と威厳を失わないということが、彼の生活信条であった。
 東京の国立東都大学医学部を卒業し、三十六歳で同大学医学部の助教授になり、四十六歳で大阪の浪速大学医学部の教授になって、今日に至るまでの間、この信条を変えずにやって来、それが今日の東の外見と地位をつくりあげているのであった。
 内心は人一倍小心で、石橋を叩いても渡らぬほどの臆病な性格であったが、そんな気振はおくびにも出さず、余裕と威厳に満ちた表情とポーズを取りつくろっていると、何時の間にかそれが、東貞蔵の得意な風貌になり、彼をして医学部の有力教授の一人にしてしまったのだった。(中略)
 退官後のことを考えると、浪速大学の現役教授の椅子で退官を迎えることは、他の地方で退官を迎えるより倖せなことであるかもしれなかった。東都大学医学部の助教授から浪速大学医学部の教授に転じた当時は、母校の東都大学で教授になれなかったことを終生の痛恨事に思い、暫く思いきれずにいたものであったが、三年ほど経つと、経済都市の大阪にある浪速大学医学部の教授に転じたことは、長い人生を通してみると、決して損ではなかったと思うようになった。
 東都大学に残って、学問一筋の学者生活を貫くならともかく、学問的業績とともに、そこそこの経済的余裕をも望むのであってみれば、財界人の大物クラスの患者が、ずらりと居並ぶ浪速大学医学部の教授の椅子の方が、経済的に恵まれている。(pp.6~7)

 東貞蔵は財前五郎の前任者です。財前の教授就任を阻止しようとしますが、敗れます。貧しい出自の財前に対して、純然たるエリートに見えますが、かなり屈折しています。

 見え見えですが、浪速大学は大阪大学、東都大学は東京大学ですね。後から出てくる洛北大学は京都大学です。

※画像は財前五郎(田宮二郎・左)と東貞蔵(東野英治郎・右)。映画『白い巨塔』(山本薩夫監督)より。
財前五郎と東貞蔵

  1. 2006/06/21(水) 05:52:38|
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《雑記》『白い巨塔』研究(その2)

◎出会い
 私が『白い巨塔』を読んだのは、1979年、高2の時です。学校の図書館で借りて、正編は7月30日、続編は8月19日読了となっています。読書ノートを見てみると、テレビドラマで興味を持ち、それで読んだようです。
 田宮二郎主演のフジテレビ版の放映は1978年6月~1979年1月なので、それを見てのことでしょう。しかし、このフジテレビ版、毎週土曜日夜9時より1時間枠で放映されたということですが、この放送を見た記憶はありません。再放送を見た記憶はあるのですが。
 映画は学生時代に広島市映像文化ライブラリーの映画鑑賞会で見ました。1980年代半ばのことです。後にNHK-BS2で放映されたのでビデオに録画して何度か見ました。
 1990年のテレビ朝日版(主演:村上弘明)も見ました。これは連続ドラマではなく、2時間(+α)×2回の放映でした。
 平成版のテレビドラマ(主演:唐沢寿明)は「フジテレビ開局45周年記念ドラマ」として鳴り物入りで制作された作品です。放映は2003年10月9日から2004年3月18日まで。「各回、軒並み20%を超える高視聴率を記録し、最終回の視聴率は多くの地域で30%を超えるなど大反響を呼んだドラマであった。」(ウィキペディア)ということで、関連本も出版されるなど、『白い巨塔』リバイバルブームを生み出した作品でした。私もリアルタイムで見ていました。

※関連本
 ・須原研九郎&浪速大学群青会『スバラ式『白い巨塔』ハイパー読み解きカルテ-病院・医療のアンダーグラウンド世界を覗く-』日本文芸社 2004
 奥付では2004年3月25日発行となっています。2004年5月8日に読了しています。まあ、ありきたりの便乗本でした。
スバラ式『白い巨塔』ハイパー読み解きカルテ

※DVD
 1978年のフジテレビ版、2003年のフジテレビ版、1966年の映画のいずれもDVDになっています。私は、1978年のフジテレビ版のDVD-BOXを持っています。BOX1は2001年9月、BOX2とBOX3は2004年1月に買いました。まだ全部は見ていません。老後の楽しみです(笑)。
  1. 2006/06/20(火) 05:50:05|
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《雑記》『白い巨塔』研究(その1)

◎はじめに
 山崎豊子の『白い巨塔』は、小説、映画、テレビドラマとも、私の最も好きな作品の一つです。これから少し、『白い巨塔』について書いていきたいと思います。
 まずは基礎的な情報から。

◎小説
 作者は山崎豊子。正編は1963年から1965年まで、『サンデー毎日』に連載。続編は1967年7月から1968年6月にかけて同じく『サンデー毎日』に連載。
 単行本は、正編は1965年に、続編は1969年に、いずれも新潮社から出版されています。
 現在は新潮文庫で全5巻ででています。

◎映画
 監督:山本薩夫、主演:田宮二郎、1966年大映作品。DVDあり。

◎テレビドラマ
 ・1967年 NETテレビ(現テレビ朝日) 主演:佐藤慶
 ・1978年 フジテレビ 主演:田宮二郎(DVDあり)
 ・1990年 テレビ朝日 主演:村上弘明
 ・2003年 フジテレビ 主演:唐沢寿明(DVDあり)

◎関連サイト(厳選)
 ・ウィキペディア「白い巨塔」
 ・「私のメモ帳」~「白い巨塔」
 ・僕たちの好きな『白い巨塔』

※画像は新潮文庫版第1巻
白い巨塔1

  1. 2006/06/19(月) 05:34:37|
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《購書》2006.06.17 ブックオフ福山野上店

ブックオフ福山野上店
久々の暴れ買い。

●2006116,マンガは今どうなっておるのか?,夏目房之介,,メディアセレクト,,2005,¥650
 面白いかと思って。

●2006117,落語博物誌-噺・噺家・高座をめぐるアイテム112-,京須偕充,,弘文出版,,2005,¥950
 落語物なので。

●2006118,歴史的決断 上,ケント・ロバーツ・グリンフィールド(編),中野五郎,筑摩書房,ちくま学芸文庫,2004,¥800
●2006119,歴史的決断 下,ケント・ロバーツ・グリンフィールド(編),中野五郎,筑摩書房,ちくま学芸文庫,2004,¥800
 軍事物なので。ちと高かったですが。

●2006120,ベスト・ジャズ ベスト・アルバム,大和明,,音楽之友社,ON BOOKS,1990,¥105
 ジャズ物なので。安かったし。

●2006121,大名の日本地図,中嶋繁雄,,文藝春秋,文春新書,2003,¥250
 知的興味関心から。

●2006122,ガンジー,坂本徳松,,清水書院,Century Books 人と思想76,1981,¥105
 知的興味関心から。安かったし。

●2006123,哲学と科学,澤瀉久敬,,日本放送出版協会,NHKブックス,1982,¥105
 知的興味関心から。安かったし。

●2006124,教師たちはいま-教育の荒廃と教育労働者-,望月宗明,,労働教育センター,,1976,¥105
 知的興味関心から。安かったし。

●2006125,悪魔の思想-「進歩的文化人」という名の国賊12人-,谷沢永一,,クレスト社,,1996,¥800
 谷沢永一なので。

●2006126,最新 業界勢力マップ-激動のアノ業界がどーなってるのか一目瞭然!!-,オバタカズユキ,,ダイヤモンド社,,2005,¥105
 面白そうだったので。
業界勢力マップ

  1. 2006/06/18(日) 17:52:42|
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《読書》米原万里『不実な美女か貞淑な醜女か』徳間書店(その2)

(承前)
 で、この本の内容ですが、小谷野敦は「通読はできたけれど、いきなり賞をとるほどのものか? という疑念がかすかにあった。」とくさしていますが、私は面白く読むことができました。言語文化論、異文化コミュニケーション論として本質的な問題に迫りながらも、ユーモアに富んだ豊富な実例(時にはシモネタ混じり)により、非常に読みやすい本となっていました。また、通訳という仕事についても、いろいろなことを知ることができ、興味深いものでした。

 以下はランダムな引用です。
 師の徳永晴美氏は、こんなことも言っている。
「いいかね、通訳者というものは、売春婦みたいなものなんだ。要る時は、どうしても要る。下手でも、顔がまずくても、とにかく欲しい、必要なんだ。どんなに金を積んでも惜しくないと思えるほど、必要とされる。ところが、用が済んだら、顔も見たくない、消えてほしい、金なんか払えるか、てな気持ちになるものなんだよ」(p.4)

 外交官が yes と言ったら、それは may be の意味である。外交官が may be と言ったら、それは no の意味である。外交官が no と言ったら、その人はすでに外交官としては失格である。
 女性が no と言ったら、それはは may be の意味である。女性が may be と言ったら、それは yes の意味である。女性が yes と言ったら、その人はすでに女性としては失格である。(p.42)

 われわれが、大多数の場合において弾痕と男根を混同せず、性能と精嚢とを、富農と不能とを取り違えないのは、その単語が発せられた状況、脈略のおかげなのである。(p.203)

 この言われてみれば当然の真実を気づかせてくれたのも、師匠の徳永晴美氏だった。
「N・YさんとかM・KさんとかR・Aさんとかを見てごらん」
 と師匠は、ロシア人と日本人のハーフである人たちの名をあげてた。二つの言葉を父親の言葉として、あるいは母親の言葉として小さいときから母乳とともに吸い込んできたはずの人たち。日本人のロシア語学習者、とりわけ通訳を目指すような人にとっては、よだれが出るような、一見羨ましい言語学習環境に育った人たちだ。しかし、実際には、日本語も、ロシア語も、そしていかなる他の言語もまともに身についてはいない。もちろん日常生活に事欠くほどではないが、しかし、少し複雑な抽象的な話になると、お手上げなのである。(pp.270~271)

 結局、外国語を学ぶということは母国語を豊かにすることであり、母国語を学ぶということは外国語を豊かにすることなのである。(pp.279~280)

※画像は新潮文庫版
不実な美女か貞淑な醜女か

  1. 2006/06/17(土) 05:54:58|
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《読書》米原万里『不実な美女か貞淑な醜女か』徳間書店(その1)

米原万里2


●〔41〕米原万里『不実な美女か貞淑な醜女か』徳間書店 1994
(2006.06.11読了)
 米原万里が亡くなりました(5月25日)。自分がガンであることを公表していたので、ついに来たか、という感じでした。
 小谷野敦がブログ「猫を償うに猫をもってせよ」で追悼文(?)を書いていました。現在は削除されているようなので、以下に転載します。小谷野敦のブログは楽しみに読んでいるのですが、後から読もうとしても、削除されているものも結構ありますね。

2006-05-30 米原万里蓋棺録
 米原万里が56歳で死んだので、最新刊の新書のあとがきを見たら、既に癌が転移したことは分かっていたようだ。

 私は最初のエッセイ集『軟弱者の言い分』を出したときに、NHKの「週刊ブックレビュー」で米原さんに好意的に評してもらった。だがその後、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したとき、週刊朝日で、ノンフィクションというよりエッセイ、とやんわり書いた。そのへんは、私は鬼畜生である。

 しかし、その最初のエッセイ集『不実な美女か貞淑な醜女か?』が読売文学賞をとった時に、通読はできたけれど、いきなり賞をとるほどのものか? という疑念がかすかにあった。だが帯には、井上ひさしと大江健三郎の絶賛の推薦文があった。のちに、井上の再婚した夫人が米原の妹で、その父が共産党の議員だったと知って、「受賞」の裏を見た気がした。その後の講談社エッセイ賞をとった『魔女の一ダース』は、通読に耐えなかった。義弟の七光りがなければ、知る人ぞ知るエッセイストとしてもっと気持ちよくその死を悼めただろう。

 井上ひさしは、日本ペンクラブ会長、選考委員を務める賞は、直木賞、谷崎賞、大仏次郎賞、吉川英治賞、読売文学賞、講談社エッセイ賞、岸田戯曲賞、川端康成賞と、主だったところを押さえており、その数は他の作家の追随を許さない。よく候補作を読む時間があるものだ。毎日芸術賞を受賞した『太鼓たたいて笛吹いて』は、林芙美子像をねじまげた、菊田一夫の霊に謝罪しろと言いたくなるような代物だった。そのくせ天皇に茶会に呼ばれるとほいほい出て行くのである。


 ウィキペディアの「米原万里」の項目を見ると、「その後、東京外国語大学ロシア語科に入学して共産党入党。 同大卒業後は東京大学大学院に進学しロシア語・ロシア文学を専攻。大学院在学中に「東大大学院支部伊里一智事件」に連座して党から除籍処分を受けたが、後に復党している。」 とあります。「伊里一智事件」は1985年で、私も週刊誌等で読んだ記憶があります。なるほどそうだったのか、と妙に感慨深くなってしまいました。

〈To be continued.〉
  1. 2006/06/16(金) 05:46:44|
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《購書》2006.06.12 啓文社ポートプラザ店

啓文社ポートプラザ店

●2006115,大学生の論文執筆法,石原千秋,,筑摩書房,ちくま新書,2006,¥777
 知的興味関心から。

◎魔夜峰央『奥様はパタリロ!』花とゆめCOMICS 2006(¥410)
 『家政婦パタリロ!』の続編です。

◎中学入試 解き方上手 図形問題,総合学習指導研究会,,増進堂・受験研究社,,2005,¥819
 息子(小6)にやらせるため。
中学入試 解き方上手 図形問題

  1. 2006/06/15(木) 05:18:22|
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《購書》2006.06.11 ブックオフ福山蔵王店

ブックオフ福山蔵王店

●2006113,キャンパスの生態誌-大学とは何だろう-,潮木守一,,中央公論社,中公新書,1986,¥105
 知的興味関心から。

●2006114,名門高校人脈,鈴木隆祐,,光文社,光文社新書,2005,¥250
 面白いかと思って。

パスワード菩薩崎決戦

◎パスワード菩薩崎決戦-パソコン通信探偵団事件ノート〈16〉-,松原秀行,,講談社,青い鳥文庫,2005,¥200
 娘(小4)が欲しがったので。

◎いたずらまじょ子とのろわれた小学校,藤真知子【作】・ゆーちみえこ【絵】,,ポプラ社, 学年別こどもおはなし劇場〈72〉,1996,¥250
 娘(小1)が欲しがったので。

◎名探偵コナン 特別編 (1),青山剛昌,・山岸栄一,,小学館,てんとう虫コミックス,1997,¥105
◎名探偵コナン 特別編 (2),青山剛昌,・山岸栄一,,小学館,てんとう虫コミックス,1997,¥105
 娘たちが欲しがったので。
  1. 2006/06/14(水) 05:18:06|
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《購盤》2006.06.11 ブックオフ福山蔵王店

ブックオフ福山蔵王店
アーノンクール/メンデルスゾーン

◎メンデルスゾーン
 交響曲第3番イ短調op.56「スコットランド」
 交響曲第4番イ長調op.90「イタリア」
ニコラウス・アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団
Teldec ¥750

 「スコットランド」は好きな曲なので。
  1. 2006/06/13(火) 05:16:11|
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《購書》2006.06.10 某古本市

某古本市
義賊伝説

●2006108,義賊伝説,南塚信吾,,岩波書店,岩波新書,1996,¥60
●2006109,音楽の現代史-世紀末から戦後へ-,諸井誠,,岩波書店,岩波新書,1986,¥50
●2006110,警察はなぜあるのか-行政機関と私たち-,原野翹,,岩波書店,岩波ジュニア新書,1989,¥60
●2006111,英語聖書のことば,船戸英夫,,岩波書店,岩波ジュニア新書,1990,¥60
●2006112,電気を発見した7人,渡辺勇,,岩波書店,岩波ジュニア新書,1991,¥70
 以上、知的興味関心から。
  1. 2006/06/12(月) 05:45:39|
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《読書》竹信悦夫『ワンコイン悦楽堂-ミネルヴァの梟は百円本の森に降り立つ-』情報センター出版局(その2)

ワンコイン悦楽堂

(承前)
 この本は冒頭からベタなギャグで始まります。
 ルールは「ワンコイン」です。
「食べても食べてもおかわりがでてくる蕎麦を、お椀に入れる」という意味ではありません。(p.14)

 要するに古書店でワンコイン(100円 or 500円)以内で本を買い(時にはルール破りをしてワンコイン以上の時もありましたが)、それを評するというものです。
 とりあげられている本は実に多種多方面にわたり、論じ方も縦横無尽でした。

上方に生まれ育った私にとって、五代目古今亭志ん生は、長い間、苦手の噺家でした。
 落語を聴き始めた頃には、すでに「天衣無縫」の芸風で名人といわれ、いったん脳出血で倒れたあとのカムバックで、ますます評価が高かった。
 でもラジオで聴いていても、噺がたどれない。なんだかぼそぼそ言っているかと思うと、にわかにぐしゃぐしゃっと早口になり、突然大きな声を張り上げる。そこへ客席の笑い声がかぶさるのですが、なにがおかしいんだかわからない。(中略)
 江戸前の威勢のいい言葉遣いに不慣れなのも理由の一つではあったのですが、同じ時期に聴いていた六代目三遊亭圓生の噺は、よく理解できたし、おおいに笑えた。だから、志ん生は「天衣無縫」というば聞えはいいけれど、結局はただ洗練されていないだけのことではないか、とさえ思っていました。高座の数が減った分、「酒と貧乏」を売り物にした生き方が、やたらと喧伝されたこともあって、芸の上では「過去の人」という印象が強かった。
 不明というほかありません。(「活字との相性もいい志ん生落語の貴重な記録」p.151)

 私が志ん生について感じていたことをズバリ代弁してくれた文章です。
 落語に関する本が次々と出版される昨今、名人といえばとにかく、志ん生、文楽がでてきます。私もこの二人の音源はいろいろ聴いてきましたが、未だに手放しで礼賛する境地にはいたっていません(決して下手だとか、つまらんという気はありませんが)。竹信が書いているよう圓生の方がわかりやすくて面白く感じます。竹信は「不明というほかありません」と書いているよう、その後志ん生を面白いと感じるようになっていきますが、私にもいつかそんな日が来るのでしょうか。

 それから、この本では俵孝太郎の『気軽にCDを楽しもう』コスモの本(1991)、『CDちょっと凝り屋の楽しみ方』コスモの本(1993)が取り上げられています。強面の政治評論家の俵孝太郎は実は筋金入りのクラシックファンなのですが、意外に知られていない気がします。私も上記の本は読んでおり、大変に面白かったので、友人に無理矢理薦めたりもしたこともありました。しかし、書評などで紹介されることはほとんど無かったようです。本書でこの2冊が取り上げられていることをとてもうれしく思いました。
 なお、俵孝太郎は現在、タワーレコードが出しているフリーマガジンの『intoxicate(旧ミュゼ)』に「クラシックな人々」というコラムを連載しています。いつか一冊の本にまとまればと思います。

 厠上の書でした。
  1. 2006/06/11(日) 06:03:31|
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《読書》竹信悦夫『ワンコイン悦楽堂-ミネルヴァの梟は百円本の森に降り立つ-』情報センター出版局(その1)


●〔40〕竹信悦夫『ワンコイン悦楽堂-ミネルヴァの梟は百円本の森に降り立つ-』情報センター出版局 2005
(2006.06.04読了)
 この本の帯には次のようにあります。
灘中・灘高で高橋源一郎を文学へ誘い、東大で内田樹をレヴィナス研究へと導いた“怪人”竹信悦夫。
そんな“都市伝説的知性”の持ち主は、新古書店を巡り買い集めた百円本をいかに読み解いたか。
早すぎる死までの、二年間の記録。
高橋源一郎と内田樹による対談「竹信悦夫の天才性の解析」を収録。

 竹信悦夫の経歴は次の通りです。
竹信悦夫[タケノブエツオ]
1950年8月19日、兵庫県尼崎市生まれ。63年に灘中に入学し、万巻の書物を読破。「現代詩手帖」新人賞に応募し、寺山修司の絶賛を受け最年少で入選。70年、東京大学入学とほぼ同時に内田樹と懇意に。東京大学文学部西洋史学科卒業後、76年朝日新聞社入社。東京本社社会部、外報部、エジプト留学ののち中東アフリカ総局員、シンガポール支局長、英字紙デスク、英文季刊誌「Japan Quarterly」編集長、翻訳センター編集長などを経て、編集局速報センター次長。2004年9月1日、休暇で家族とともに滞在していたマレーシア・ランカウィ島で遊泳中に亡くなる。

 巻末には高橋源一郎と内田樹による対談が収録されており、そこでは竹信悦夫の“都市伝説的知性”について、縷々語られております。
高橋―(灘中は)中3で、高3までの内容がほとんど終わってる。英数国だけなら、この段階で200人のうち50人ぐらいは東大に入れるっていうぐらい。
内田―いやな学校(笑)。(p.388)

高橋―そこからなんとなく話をするようになって、取り巻きの一人になってたんだよね。中2の終りになって、尊師の家に遊びに行ったんですよ。いまでも覚えているのは、竹信の本棚に谷川雁の『影の越境をめぐって』(1959年・中央公論社)、『原点が存在する』(1958年・弘文堂)、『工作者宣言』(1959年・現代思潮社)があったこと。中学生ってこういうの読まなきゃいけないんだと。いま考えてみれば間違ってるよね(笑)。(p.392)

内田―後知恵なんだけどさ、彼の中ではそれがかなり誇りになっていたんだと思う。でもね、割と痛々しげな声で、「でも、内田、早熟の天才であるというのはそれほどむずかしいことじゃないんだ。ある程度本を読んでおけば中学生くらいなら突出した存在にはなれる。でも早熟には早熟のピットフォールがあって、俺はそこにはまったんだ」というようなことを聞いたことがある。(p.393)

 たしかにすごい人物だったみたいですが、その割には東大から朝日新聞記者と、割と平凡なルートをたどってしまったのではないかという感じがします。「早熟のピットフォール」に陥ってしまったのでしょうか。

※高橋源一郎
高橋源一郎


〈To be continued.〉
  1. 2006/06/10(土) 05:13:22|
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《購書》 2006.06.03 啓文社ポートプラザ店(その2)

啓文社ポートプラザ店
『二輪乃書ギャンブルレーサー』(7)

◎田中誠『二輪乃書ギャンブルレーサー』(7)イブニングKC(講談社) 2006 ¥540
 帯に「18年の歳月を経て、競輪大河ロマン ついに完結!!」とあります。もう18年になるのかーと、何やら感慨深いものがあります。競輪、競馬、パチンコなど、ギャンブルは一切やらない私がなぜこのマンガを読むようになったのか、今となっては記憶は定かではありませんが、『ギャンブルレーサー』全39巻、『二輪乃書ギャンブルレーサー』全7巻とおもしろく読んできました。
 主人公の関優勝は競輪選手ですが、ギャンブル好きで金に汚く、ジコチューで、全くクズみたいな人間です。しかし、こと競輪に関すると妙に真面目でストイックなところがあり、また恐妻家の側面もあり、そのバランスが絶妙なキャラクターとなっています。
 後半では弟子たちや息子の優一に重点が移ってきて、何やらヒューマン・ファミリードラマのようになってきました。終わりの方では競輪界の暗い先行きがやたらと強調されていました。
 最後はなかなか感動的なフィナーレでしたが、欲を言えば、売二(うり ふたつ・関の弟子)にぜひタイトルをとらせてやりたかったところです。逆に言えば安易にそうならないところが、このマンガの奥深さでしょうか。
競輪は選手もクズ、施行者もクズ、客もクズ。そして競輪しないヤツもクズという、「人類すべてクズ」論から成り立っているクズマンガなのである(クズのようなマンガ、という意味ではない)。(青木るえか「さらば、『ギャンブルレーサー』」『本の雑誌』2006年6月号)

※ウィキペディア「ギャンブルレーサー」
  1. 2006/06/09(金) 06:41:08|
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《購書》 2006.06.03 啓文社ポートプラザ店(その1)

啓文社ポートプラザ店
ブルータス595

◎『ブルータス』595号(2006年6月1日)¥550
 「全730冊本特集!本ラブ。」なので。

◎『ヤフーインターネットガイド』7月号 ¥790
 情報収集のため。

◎雁屋哲(作)花咲アキラ(画)『美味しんぼ』(95)ビッグコミックス 2006 ¥530
 『美味しんぼ』なので。
  1. 2006/06/08(木) 05:03:11|
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《購書》2006.05.30 ブックマーケット広店

ブックマーケット広店
仕事で呉に行く機会があったので、立ち寄ってみました。

●2006106,ことばとは何か-言語学という冒険-,田中克彦,,筑摩書房,ちくま新書,2004,¥210
●2006107,アメリカ外交-苦悩と希望-,,村田晃嗣,講談社,現代新書,2005,¥210
 以上、知的興味関心から。
アメリカ外交

  1. 2006/06/07(水) 05:04:40|
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《読書》谷沢永一『えらい人はみな変わってはる』新潮社


●〔39〕谷沢永一『えらい人はみな変わってはる』新潮社 2002
(2006.05.29読了)
えらい人はみな変わってはる

 市民図書館で借りました。
この三十数年、私の著作はコラムで充たされている。ただひとつの心残りは、私が蒐めた資料を生かして、明治大正の耳寄りな故事来歴を、コラム仕立てにまとめる仕事に、着手するに及んでいない焦りであった。それがこのたび機会を与えられ、書き連ねるよう仕向けられた。当事者の方々に厚く感謝の意を表する。(p.11)
ということで、趣向は面白いのですが、出てくる人が古すぎて私にはいまひとつ、ピンときませんでした。

 全体は文士篇、大学人篇、実業・出版人篇からなっていますが、やはり面白かったのは大学人篇でした。
『日本古典文学大系』の企画が岩波書店で浮上したのは、昭和二十年代の終り頃であったか。東大を出た新進気鋭の板坂元と、岩波書店の古参編集者玉井乾介とが、有名な岩波箱根別荘に籠って、全六十六巻の案を練った。学界地位の高い耄碌爺いには引っ込んで貰おうと、ピチピチした実力本位で行こうぜ、二人は意気投合して、空前の新鮮な執筆予定者一覧が遂に出来た。
 しかし岩波は権威主義だから東大へ行ってボス教授の諒承を得なければならん。まず人事権を握っている麻生磯次に表を見せた。東大教養学部長、文学部長、学習院大学文学部長と学長、と切れ目なく公用車に乗っているこの男は、表を見るも見ないも頭から、執筆者は全員東大出身者に統一しなさい、と大原則を叩きつけるだけで細かい指図はしなかった。
 そこで次なる大ボス久松潜一のご機嫌を伺うと、こちらは大勢の弟子を抱えているだけに細かくしつこい。気に入らぬ名前はバッサバッサと削ってゆき、空いたところへ直系の弟子をグイグイ押し込んでゆく。無能学者が蔓延って様変わりの人名表を見て、板坂元は涙をこぼしたという。
 久松に引き立てられる人を、久松の特急列車と称する。そのひとりである神戸商船大学教授釜田喜三郎は、蓄財家として聞えるが研究などそっちのけである。それが『太平記』を宛がわれたのだが校注の方法がわからない。最も良質の写本を底本に選ぶ学力がない。そこで有り合わせの『参考太平記』を本文として、頭注の送稿を始めた。岩波の校閲部がオカシイと気付いて調べると、言葉の解釈は『広辞苑』を写しただけである。あまりのことに文句を言うと、内容見本に、辞書無しで読める、と宣伝しているから、それに従ったのだと答えた。
 もうひとり特急に乗ったのは、『風来山人集』つまり平賀源内を担当した、北海道大学助教授の野田寿雄である。これもまた、難しい源内を読み解くための資料を蒐めていない。しかし岩波からは督促の電話がしきりである。困じ果てた野田は、只今三十枚、進んで五十枚、百枚と、賭けていない原稿枚数を口先で増やして行った。しかし相手はひねくれた執筆者を扱い慣れた熟練の編集者である。或る日の早朝に予告なしで、札幌の野田家を急襲し、さあ、原稿を見せて下さい。もちろん野田は一切を白状した。やむをえない。この仕事から降りていただきます。しかし、配本日は近づいている。九州大学の中村幸彦は、突然の依頼を、豊富な資料に拠って、短期間に仕上げた。(「古典大系愚景珍景」pp.153~154)

「腹を痛めた我が子」と書いたのを、「股を痛めた我が子」と誤植されて、「あんな恥かしい思いをしたことはなかった」と与謝野晶子が嘆いた話は、校正史上に有名である。(校正おそるべし!」p.221)

 知事が内務省の任命であった昔、某氏が新潟県知事に赴任したので、土地の新聞が恒例により提灯持ちの記事を書き、その一節に「夫人が性交が巧みで」と書いた。社交の誤植である。夫人は知事の在任中、一度も新潟に足を踏み入れなかったと伝えられる。(校正おそるべし!」p.221)


 谷沢永一もこれでしばらく打ち止めにするつもりです。
  1. 2006/06/06(火) 05:02:06|
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《購書》2006.05.26 アカデミイ書店金座街店(その2)

アカデミイ書店金座街店
 アカデミイ書店で本を買うと1,000円につき100円のサービス券をくれます。この券には「次回100円割引券」と書いてあり、有効期限は本を買った翌日から2か月です。なかなか巧みな戦略ですね。

●2006101,本はどのように消えてゆくのか,津野海太郎,,晶文社,,1996,¥105
 本に関する本なので。
本はどのように消えてゆくのか


●2006102,ある図書館の戦後史,藤原覚一,,築地書館,,1979,¥105
 ある図書館とは三原市立図書館なので。

●2006103,できる人の書斎術,西山昭彦・中塚千恵,,新潮社,新潮新書,2005,¥350
 知的生産物なので。

●2006104,速記と情報社会-古代ローマから21世紀へ-,兼子次生,,中央公論新社,中公新書,1999,¥300
 知的興味関心から。

●2006105,崖っぷち弱小大学物語,杉山幸丸,,中央公論新社,中公新書ラクレ,2004,¥300
 面白いかと思って。
  1. 2006/06/05(月) 05:49:00|
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《購書》2006.05.26 アカデミイ書店金座街店(その1)

アカデミイ書店金座街店

●2006100,最終講義を聴いて-贈る言葉-,野地潤家(編著),,渓水社,,1996,¥2,000
・野地潤家[ノジジュンヤ]
 1920年、愛媛県大洲市生まれ。1945年、広島文理科大学文学科(国語学国文学専攻)卒業。愛媛県立松山城北高女教諭、広島高等師範学校教授・広島大学助教授・教授(教育学部)・広島大学教育学部附属小学校長(併任)・同附属中高校長(併任)・同附属学校部長(併任)・同教育学部長・鳴門教育大学教授・同副学長・同学長を経る。広島大学名誉教授、鳴門教育大学名誉教授、教育学博士。専攻は国語教育学―国語教育原論・同各論・国語教育史・国語教育学史。
 私は、最終講義に関して、来聴者を受付でお迎えし、芳名録を作成する慣例のないことを承知していたので、ふと思い立って、当日、ご来聴いただいた皆様にカード(京大式)をお配りし、最終講義をした私に、ご感想など、贈る言葉を書いてくださるようお願いすることにした。このようにお願いして、“言葉”をいただいた方々は四一〇名にのぼった。いただいた、“言葉”は、私にとって文字どおり宝物であったが、年月を経るにつれて、自分の手元にしまっておくだけでは“言葉”をいただいた方々への自らの感謝の気持ちをお伝えすることができないと知って、考えた末、本書第Ⅰ部に収録させていただくことにした。(「まえがき」p.i)。

 国語教育学には門外漢の私がこの本を買ったのは、この本に挟まれていた1枚の栞でした。それには「謹呈」とあり、「○○○○様」、「その節は、ありがとうございました。」と著者自筆(たぶん)のメッセージが書かれていました。その「○○○○様」は私が知っている人物だったので、酔狂にも¥2,000を出してしまいました。古本屋に売るんだったら、栞ぐらいはずしておけよと思いました。
 アカデミイ書店は固めの学術書も多いのですが、探してみると(別に探したわけではありませんが)、結構「謹呈」された本もありますね。中には栞ではなく、見返しに○○○○様と大書された本もありました。
野地潤家

  1. 2006/06/04(日) 06:04:56|
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《購盤》2006.05.26 グルーヴィン本通り店

グルーヴィン本通り店
金原亭馬生「二番煎じ」・「花瓶」

◎NHK落語名人選(45)/金原亭馬生
 「二番煎じ」・「花瓶」
 (ポリドール) ¥1,249
◎NHK落語名人選(67)/林家正蔵
 「二つ面」・「たばこの火」
 (ポリドール) ¥1,354
 好きな落語家を2枚チョイス。
  1. 2006/06/03(土) 05:11:01|
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《購書》2006.05.26 ぶんろ書店

ぶんろ書店

●2006098,本の饗宴-新保守の読書術-,志摩永寿,,徳間書店,,1997,¥450
 面白いかと思って。

●2006099,怒りの方法,辛淑玉,,岩波書店,岩波新書,2004,¥250
 辛淑玉なので。
怒りの方法

  1. 2006/06/02(金) 05:08:35|
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《購盤》2006.05.26 タワーレコード広島店(その3)

タワーレコード広島店
Miles Davis


◎Miles Davis /10-CD Wallet Box

Documents 10枚組 ¥1,460

 「マイルスがジャズの帝王に登りつめたまさにその時期49~56年の録音を収録。つまり、PRESTIGE,BLUE NOTE,CAPITOL,COLOMBIA等の名門レーベルでの数々の名盤の名演がこの値段で聴けちゃいます。これはあまりにもお得!」ということなので、買いました。
 店頭にはどの曲がどのアルバムというPOPが立っていたのですが、この情報、どこかにありませんかね?
  1. 2006/06/01(木) 05:09:41|
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