
2006-05-30 米原万里蓋棺録
米原万里が56歳で死んだので、最新刊の新書のあとがきを見たら、既に癌が転移したことは分かっていたようだ。
私は最初のエッセイ集『軟弱者の言い分』を出したときに、NHKの「週刊ブックレビュー」で米原さんに好意的に評してもらった。だがその後、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したとき、週刊朝日で、ノンフィクションというよりエッセイ、とやんわり書いた。そのへんは、私は鬼畜生である。
しかし、その最初のエッセイ集『不実な美女か貞淑な醜女か?』が読売文学賞をとった時に、通読はできたけれど、いきなり賞をとるほどのものか? という疑念がかすかにあった。だが帯には、井上ひさしと大江健三郎の絶賛の推薦文があった。のちに、井上の再婚した夫人が米原の妹で、その父が共産党の議員だったと知って、「受賞」の裏を見た気がした。その後の講談社エッセイ賞をとった『魔女の一ダース』は、通読に耐えなかった。義弟の七光りがなければ、知る人ぞ知るエッセイストとしてもっと気持ちよくその死を悼めただろう。
井上ひさしは、日本ペンクラブ会長、選考委員を務める賞は、直木賞、谷崎賞、大仏次郎賞、吉川英治賞、読売文学賞、講談社エッセイ賞、岸田戯曲賞、川端康成賞と、主だったところを押さえており、その数は他の作家の追随を許さない。よく候補作を読む時間があるものだ。毎日芸術賞を受賞した『太鼓たたいて笛吹いて』は、林芙美子像をねじまげた、菊田一夫の霊に謝罪しろと言いたくなるような代物だった。そのくせ天皇に茶会に呼ばれるとほいほい出て行くのである。
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Author:azev
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